第1章 試練を迎えるグローバル経済の現状と課題 |
第2節 世界経済危機が顕在化させる各国・地域の諸課題と対応 |
6 資源・食料価格の影響を受ける新興国・資源国経済の課題
(1)ロシア経済
〔1〕ロシア経済概要
(a)天然資源と個人消費に支えられたロシア経済
ロシアは面積で世界最大(約1,700万km2;日本の約50倍)、人口で世界9位(1億4,000万人)の大国であり、原油生産量でもサウジアラビアに次いで世界第2位(シェア12.6%)、天然ガス生産量世界第1位(シェア20.6%)、この他にも鉄鉱石、レアメタル、木材など多くの天然資源に恵まれた巨大な資源国である。ロシアの輸出総額の約65%が資源関連で占められ、ロシア連邦予算の歳入の半分近くが石油・天然ガス関連の収入で占められるなど、ロシアは豊富な天然資源に大きく依存した経済となっている(第1-2-6-1図)。
第1−2−6−1図 天然資源に大きく依存するロシア経済
ロシア経済は1998年のロシア金融危機の収束以降、原油価格の上昇とともに2008年夏頃まで目覚ましい成長を続け(第1-2-6-2図)、名目GDPは米国、日本、中国、ドイツ、フランス、英国、イタリアに次いで現在世界第8位154となっている。また、実質GDP成長率は1999年から2008年までの10年間において年平均6.9%の高いプラス成長を続けてきた。
第1−2−6−2図 原油価格の上昇とともに拡大するロシア経済
名目GDPの需要項目別寄与度を見ると、輸出及び個人消費支出がロシアの経済成長に大きく寄与していることがわかる(第1-2-6-3図)。2008年夏までの好調なロシア経済を支えたのは、資源価格高騰による輸出の増加と、堅調な個人消費だったといえる。
第1−2−6−3図 GDP成長率と名目GDPの需要項目別寄与度
多くの新興国同様、ロシアも消費性向が高い。その背景としては、インフレ率の高さが挙げられる。2000年代以降、1990年代前半のようなハイパーインフレ155は落ち着いたものの消費者物価上昇率はほぼ毎年年率10%以上で推移している。他方、銀行預金金利は年利4〜6%の状況が続いており、実質金利はマイナスとなっている(第1-2-6-4図)。このため銀行に預金をしても、タンス預金をしても価値は下がってしまうことから、消費者は貯蓄をせずに消費を増やす傾向にある156。
第1−2−6−4図 低い実質金利
(b)急速に拡大したロシア人の所得
急速な経済成長に伴い、ロシア人の所得も拡大している。
月収が15,000ルーブル(約510ドル、4万6,000円)超の所得階層は、2004年の6.7%から2008年には33.1%(4,700人)と約5倍に拡大し、ロシア人の平均月収は約1万7,200ルーブル(約585ドル、5万3,000円)となった(第1-2-6-5図)。ロシアでは都市部と地方での所得格差が大きく、モスクワでの平均月収は約3万ルーブル(約1,020ドル、9万2,000円)に達している。
第1−2−6−5図 所得階層別人口構成の変化
ロシアでは、軍需産業と資源エネルギー産業以外の産業があまり発達していない中、ロシア人の所得拡大に伴い消費者がより高い品質を求めるため、外国製品・サービスの消費量が増えている。
自動車市場の動向にも所得の拡大が反映されており、ロシアにおける自動車販売台数は2004年から2008年の間にほぼ倍増している。外国からの輸入車やロシア国内で生産される外国メーカーの自動車が販売台数を伸ばす一方、ロシア国産車の販売台数は伸び悩んでいる(第1-2-6-6図)。
第1−2−6−6図 ロシアにおける自動車販売数の推移
〔2〕金融危機の影響
(a)資本流出と株価の下落
2008年7月下旬の資源価格の急落、8月のグルジア紛争、9月のリーマン・ショックを受けて、ロシア経済は急速に悪化している。グルジア紛争が発生した2008年8月には銀行部門からの資本流出が100億ドルを超え、その後も銀行部門、非銀行部門の双方から資本が流出し続けている(第1-2-6-7図)。また、ロシアの代表的な株価指数であるRTS指数は、2008年5月に過去最高値を記録した後は一方的な下落が続き、2009年1月にはピーク時の約5分の1にまで落ち込んだ(第1-2-6-8図)。
第1−2−6−7図 グルジア紛争以降拡大する資本流出
第1−2−6−8図 株価指数及び原油価格の推移
(b)財政悪化
ロシアの財政は石油・天然ガス関連収入に大きく依存しているため、資源価格の下落に伴う財政状況の悪化も著しい。
財政収支は2008年通年では黒字となったものの、同年秋以降急速に落ち込み、2009年4月29日に大統領が署名した新予算法によると、2009年の財政収支はGDP比7.4%に及ぶ赤字の見通しとなった(第1-2-6-9図)。財政収支が赤字に転じるのは、1999年以来10年ぶりである。こうした状況は、ロシアが対外債務不履行に陥った1998年のロシア金融危機の記憶を呼び起こすが、2008年6月から9月にかけて一時5,000億ドルを超えたロシアの対外債務は、その後返済が進められ、2009年3月には2007年末時点の水準に戻っている(第1-2-6-10図)。このうち2009年中に返済期限が訪れる債務は918億ドル、2010年に返済期限が訪れる債務は727億ドルとなっている。また、2009年5月1日現在3,839億ドルの外貨準備高があることから、ロシアが今すぐに対外債務不履行に陥るとは考え にくい(第1-2-6-11表)。
第1−2−6−9図 財政収支(対GDP比)
第1−2−6−10図 返済が進むロシアの対外債務
第1−2−6−11表 対外債務返済期限
(c)消費と雇用
消費が堅調であったロシアでは、2008年後半までは小売売上高が前年比2桁の伸びを続けていたが、2008年10月頃から減速しはじめ、2009年2月には1999年以来の減少に転じた。好調だった自動車販売も2008年10月頃から低迷しており、2009年1〜3月期の乗用車販売台数は前年同期比マイナス40%となっている。また、失業率も消費の落ち込みが始まった頃から徐々に増え続けており、今後更に上昇する可能性もある(図第1-2-6-12図)。
第1−2−6−12図 小売売上高と失業率の推移
〔3〕ロシア経済回復の鍵はやはり資源
(a)資源の戦略的活用に向けて
今後とも世界のエネルギー需要は増加することが見込まれており、原油や天然ガスの価格は中長期的に上昇する見通しである。ロシアは、2000年代以降、自国経済に繁栄をもたらした天然資源の重要性を強く認識し、その資源の戦略的活用に向けて動き始めている。
(i)資源管理の動き
世界各国で資源争奪戦が活発化する中、ロシア政府は2008年5月に戦略産業分野における外資規制を導入した。その中には原子力関連産業、航空宇宙産業などと並んで地下資源の採掘に対する外資規制も含まれている(第1-2-6-13表)。また、近年、中央アジア諸国の資源がロシアを経由せずに欧州や中国へ向かうパイプラインを敷設する動きが見られるなか、これに対抗するために、ロシアは中央アジア産天然ガスの買い取り価格を引き上げた他、中央アジア諸国との間に新規パイプラインの建設を進める取組を行っている。天然ガスについては、毎年のようにウクライナとの間の価格交渉が難航しているが、これは、ロシアがウクライナに供給する天然ガス価格を引き上げようとし、それにウクライナが抵抗することが要因となっている。 これまで旧ソ連諸国に対しては、欧州向けの輸出価格を大きく下回る価格で天然ガスを提供していたが、その価格差も徐々に縮小する方向にある(第1-2-6-14表)。
第1−2−6−13表 戦略産業外資規制(2008年5月公布)の対象業種
第1−2−6−14表 ロシア天然ガス輸出価格の推移(ドル/千m2)
(ii)資源の高付加価値化
木材の主要生産国でもあるロシアは、2007年2月、丸太の輸出関税を4段階に分けて引き上げることを決定した。当初1立方メートルあたり4ユーロだった輸出関税は現在15ユーロにまで引き上げられている157が、この決定の背景には、安価な原木を輸出するのではなく、ロシア国内において木材加工を行い、付加価値を高めて輸出する業者を支援する目的があるものと考えられる。
また、ロシア初の液化天然ガスプロジェクトである「サハリンII」が2009年2月に稼働を開始した。本プロジェクトには我が国企業が参加し、天然ガスを液化してタンカーで輸送することが可能となり、同年3月には最初の我が国向け出荷が行われた。本プロジェクトの始動によって、これまで欧州に限定されていたロシア産天然ガスの販路をアジア大洋州地域に広げることができるようになった。
〔4〕日ロ経済関係
(a)自動車を中心に急拡大する日ロ関係
ロシア経済の急速な拡大とともに、我が国からの自動車輸出及び自動車関連の投資が急増している。
日ロ貿易は輸出入ともに拡大を続けており、2008年の貿易額は過去3年で2.6倍に増加した。特に我が国からの輸出額の伸びが著しく、2006年には輸入額を上回り、2008年には1.7兆円にまで拡大した(第1-2-6-15図)。貿易構造を見てみると、我が国からの輸出品目は1990年代後半から自動車の輸出額が最も高く、2008年では輸出額の76%を占めている。他方、ロシア側から見た対世界輸入品目構成でも、近年、自動車の輸入が増えてきており、2007年の輸入の約半分は自動車及び部分品となっている。しかし、モスクワ及びサンクトペテルブルクにおいては、金融危機発生以前からメーカーによっては自動車販売台数の伸びが鈍化する傾向が見られるなど、市場が成熟してきた可能性もある。今後はモスクワやサンクトペテルブルク以外の地方都市へ� �市場拡大も必要とされよう。
第1−2−6−15図 日ロ貿易額の推移
また、自動車以外でも化学品、ゴム、食料品、繊維製品などの輸入が拡大してきており、今後、これらの分野でも我が国からの輸出が拡大することが期待される(第1-2-6-16図)。
第1−2−6−16図 ロシア輸入品目の変化
他方、我が国からの直接投資も近年拡大傾向であり、2008年は対前年比で2倍以上と、大幅に増加した。ただし、我が国からの直接投資残高(6.5億ドル)がロシアの対内直接投資残高全体に占める割合は1%未満と極めて低い(第1-2-6-17図)。また、対ロシア直接投資残高は対中国投資残高の100分の1程度158と少なく、日ロ両国の経済規模を考えれば、対ロシア投資拡大の余地は大きいと言える。
第1−2−6−17図 我が国からの対ロシア直接投資残高の推移
ロシアの対内直接投資は全体としても拡大しているが、業種別内訳では資源エネルギー採掘分野への投資が最も多く、資源確保に向けて各国が積極的に投資を行っていることがうかがえる(第1-2-6-18図)。卸売り分野でも増加が見られるが、これは主に自動車の修理業である。
第1−2−6−18図 ロシアの業種別対内直接投資残高の推移
最近の我が国からロシアへの投資案件を見ると、自動車以外にもガラス、ゴム、アルコール飲料、食品加工など様々な業種が進出している。また、アパレル分野でも進出の動きが見られる。
我が国ではロシアに対してあまり親しみを感じる人が多くないが、ロシアでは我が国に対して好意的な人が多く、我が国は先進技術を持った伝統文化豊かな国とのイメージが持たれている、との調査結果もある159。
ロシアは、現在自動車等の関税を引き上げるなど、一部の市場において保護主義的な措置をとっているが、高品質・高信頼性で評価されている我が国製造業にとって、潜在的なビジネスチャンスは大きいと考えられる。
コラム 8 日本と極東 ロシア極東160はロシアの国土の3分の1あまりに及ぶが、その広い土地に住む人口はわずか700万人弱でマーケットとしては小さい。ロシア人から見ても、極東はあこがれの地とは言えず、生涯一度もこの地を訪れない人も多い。また、ロシアでのビジネスを行う上ではロシアの法制度、通関、輸送などの面で、未だ不便なことが多い。 しかし、極東は何よりも我が国から近く、極東の人たちは我が国をよく知り、我が国製品の品質、安全性を非常に高く評価してくれている。そのため、北海道をはじめ日本海側に面した地域を中心に、中古車、農産物、日用品輸出など、規模はそれほど大きくないながらも様々なビジネスが行われている。 ハバロフスクで売られる日本食品(写真:ロシアNIS 貿易会提供) ハバロフスク、ウラジオストク、サハリンなどを走る車の8〜9割は日本車であると言われており、これらの多くは我が国から船で輸入された中古車である。ロシア人の所得向上に伴い、輸出される中古車も旧型の車から数年おちの程度の良いものにシフトしてきているという。ロシア政府は2009年1月、国内産業保護のため、輸入自動車の関税を引き上げた161。この措置は極東の中古車輸入業者たちの死活問題ともなるため、関税引き上げに反対するデモが極東を始めとして何度か起きた。関税引き上げにより、我が国からの中古車輸出は大きく減少しているが、このような状況下でも依然日本車に乗りたいと考える人が多いため、札幌ホンダは我が国のメーカー系の販売会社として初めてサハリンに進出することを決定している。� ��間業者を通さないコストを抑えた中古車輸出や、自動車修理を行う。 最近では、寒冷地仕様の住宅や建材なども極東に進出し始めている。北海道ではもともと寒冷地用住宅の高い技術を持っており、寒冷地である極東にもこの技術を売り込み始めたのである。2009年2月には、北海道の企業が断熱パネルを供給し、サハリン州の企業が建築・販売する一戸建て住宅のモデルハウスが完成した。サハリン州でも一戸建て住宅が増えており、今後の需要拡大が期待される。 一方、我が国を訪れる極東地域のロシア人向けにも、ユニークなビジネスが行われている。北海道にはサハリンから多くの観光客が訪れるが、船舶で来日し北海道内のスーパーマーケットや100円ショップなどで買い物を楽しむような中低所得者から、飛行機を利用し東京まで足を伸ばす富裕層などもいるという。極東は地下資源が豊富で、サハリンI、サハリンIIなど資源関連の巨大なプロジェクトが行われており、これらプロジェクトに関わる人など、一定の富裕層が存在する。北海道でロシア人向けの旅行を企画する企業によると、これら富裕層の観光客向けには、スイートルームに宿泊してエステを受けられるツアーや、人間ドックツアーなども人気がある。ロシアでは所得向上に伴い健康への意識が高まっていることに加え、極東� ��は高度な医療機関がなく、日帰り人間ドックのようなシステムも存在しないことも、我が国での人間ドックツアー参加の背景にあるという。 ウラジオストク対岸のルースキー島では2012年にAPECが開催される。大陸からわずか600メートル離れたところにあるルースキー島は、19世紀には軍事要塞として使われていた。APEC開催が決まる以前はほとんどインフラが整備されていなかったこの地では、現在急ピッチで開発が進められている。大陸と島を結ぶ橋の建設には、我が国企業も参加するなど、インフラ関連の大型プロジェクトも我が国から極東へ進出し始めている。2009年6月には、我が国から官民合同ミッションをウラジオストクに派遣し、更なる我が国企業の協力促進を目指している。 ルースキー島への橋梁建設現場 |
(2)ブラジル経済
〔1〕世界経済の中で存在感を高めるブラジル経済
(a)内需主導型の高成長
1980年代から90年代初頭にかけて未曾有のハイパーインフレ162と対外債務危機による経済混乱を経験したブラジルは、1993年12月のレアル・プラン163の導入を契機に、約10年の歳月をかけてインフレの沈静化とマクロ経済の安定化、対外脆弱性の緩和に成功した。2003年に発足したルーラ政権は、選挙戦の過程で社会政策の拡充や対外債務の支払い停止などを訴えてきたため、政権発足当初には海外投資資金の流出等による経済混乱を招いたが、財政健全化を重視する姿勢を明確にすることで国際金融市場での信認を回復し、2005年3月にはIMFプログラムからの卒業も実現した。2004年以降、経済はほぼ一貫して成長軌道を進んでおり、2004〜2008年の5年間の実質GDP成長率は平均4.7%と、1999年〜2003年の平均の1.9%を大幅に上回ってい� ��(第1-2-6-19図)。
第1−2−6−19図 ブラジルの実質GDP成長率の推移
ブラジルの経済成長をけん引しているのは、好調な内需である。2008年のブラジルの名目GDP2.9兆レアル(約134.3兆円164)のうち、個人消費が1.8兆レアル(約83.3兆円)と60.7%、固定資本形成が0.5兆レアル(約23.2兆円)と19%を占めており、2003〜2008年の年平均伸び率(前年比)もそれぞれ名目値で11.5%、14.7%と、高い伸びを続けている。
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